イェェモン

イエモン、えぇもん、そのふたつについて。

日記 2026.01.16

会社の人とスナック行った。他の団体客の人がいて、サザンのTSUNAMIを「ファ行」だけで歌った。ありえない位うまかった。桑田さんよりも桑田さんだった。

 

終盤のサビでその人が「みなさんで一つになりましょう!」って言って、スナック全体がひとつとなった。今年ナンバーワンの盛り上がりを見せた。これを超える出来事は今年あるかわからん。

 

うちの会社は有志で「飲み行きたい人が飲み行こっていうLINEグループ」がある。オフィシャルではない。課長発案。年に数回、地元の飲み屋街である高田の仲町へ飲みに行く。

 

高田の仲町に現れた桑田さん達が先に帰る時、握手を交わした。「あなたたちの会社、いい会社だね」と言われた。「桑田さんはいい男でですね」と心の中で言った。

 

いい夜だった。

ミーツ・ザ・ワールド(2025年上映)

2025年観て良かった映画
ミーツ・ザ・ワールド

 

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中規模上映の作品だったから、知らない人がいるかもしれません。大規模上映だとテレビメディアで宣伝がバンバンあるけど、この作品はそういうのなかったしね... でも、個人的には今まで観た映画の中でも特に良いと感じた1本です。

 

「人との出会い」「新しい自分との出会い」を描いた作品です。歌舞伎町が舞台。主人公は、27歳のOL「由嘉里」。杉咲花さんが演じています。

 

由嘉里が酔い潰れて歌舞伎街で倒れ込んだところに、キャバクラ嬢である「ライ」が通りかかり、助けられるところから物語が始まります。

 

ライに惹かれた由嘉里は、2人でルームシェアをすることに。由嘉里はアニメ作品のキャラクターを愛してやまない所謂「推し活」に生きがいを見出しながらも生きづらさを感じていて、ライは希死念慮を抱えて日々を生きている。2人が出会って生活する中で、歌舞伎町で生きている他の登場人物とも関わり合い、由嘉里は変わっていく。やがてライの希死念慮をなんとかしたいと由嘉里は思うようになるが..??という話です。

 

良かったところ ↓

 

人との出会いや変化が丁寧に描かれている、それは素敵なことだと再認識できる(いいことだけではないが)

 

人を変えること、について描かれていて、作品の帰結が個人的な価値観にも合っていた。蒼井優さん演じる登場人物のとある台詞がとても印象に残った。

 

事前情報で出ていなかったシークレットキャストがいる(エンドロール見たら驚いた)。

 

クリープハイプの主題歌が良い!

 

本物の歌舞伎町ロケ

 

架空のアニメ作品 擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」の作り込み

 

脇役として出てくる、あのキャストや、あのキャストの演技が素敵すぎた!

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ほかにも杉咲花さんの演技すごい良いな〜とか思うところはありますが、個人的には、キャバ嬢のライがハマり役だったと感じております。「南琴奈」さんが演じていて、その唯一無二の存在感がすごい!今年は地上波のドラマで主要なポジションを演じていて、来年も単独主演映画が控えていたり、今後の活躍が期待されている、というか私がめちゃくちゃ期待している女優さんです。

 

若い人には特に観て欲しい一本。動画配信サイト等で配信される日が待ち遠しいです。私もまた見返したいです。もう若くはないですが...

https://mtwmovie.com/

日記 2025.12.09

マイナンバーと保険証、紐づけてないと思ってたら紐付けてた マイナポータルを今日初めてみた


関心なさすぎて、やったことすら忘れてた
資格確認書で今後過ごす気マンマンだった(届かないのは、自分が紐付けを完了していたからだった)

 

なんか全部をマイナンバーに紐付けなくて別に良くないか?とは思う

 

電子決済が主流になってきて、便利な反面、現金しか使えない場面で困ってるような人も度々見かけるし、何かをひとつにまとめると、その何かがダメになった時に脆いと感じてしまう 

 

全然詳しくないし見当違いなこと言ってると思うけど、マイナンバーと紐づく情報が管理されているデータベースに今後なんかあったら大変なんじゃないか?

 

自分は前職が電子決済絡みのシステムの仕事で大変だったのもある 雇用が生まれるのはいいことだけど、便利なシステムの裏には絶対に人がいて、なんかやってる

 

システムに関わる仕事は社会人になってからずっとやってるけど、便利になることの反面で生まれる不都合みたいなことは、なんとなくだけど考えてる

 

そこまで便利になっても浮いた時間で有用なことできてるかと自分はできてない自覚があるし、なんでも便利にしたからと言ってそこまでメリットがあるかというと、そんなにない気がするんだよなぁ

 

というぼやき 最近寒すぎる

今年みて良かったドラマの話

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今年みて良かったドラマ。
個人的には「ちはやふる」がダントツでした。

 

いまから約10年前の映画の続編。競技かるたに青春をかける高校生たちの話。映画版にでていた上白石萌音さん演じる大江奏が部活の顧問になっているほか、要所要所で過去の映画版の登場人物たちが大人になってそのままの役で登場します。たぶん、全員出た。正直、映画の内容は忘れてたんだけど、映画版を観てないとしても問題ないつくりになってました。

 

當真あみさん演じる主人公「めぐる」は高校2年生(ドラマ開始時)。中学受験に失敗した過去を持ち、親の期待に応えられなかったりしたことから「堅実な生き方」を望むようになり、青春は贅沢だ、と感じてバイトをしたり積み立て投資に励む、そんな女子高生。幽霊部員だった競技かるた部でひょんなことから人数合わせのために大会に参加して上白石萌音さん演じる大江奏と出会い..というところから話が始まります。

 

部活物、みたいなのは、最近ドラマではなかったような気がします。むかしだと、ウォータボーイズ、ルーキーズとかあったけど。ドラマ視聴者層に若者がいなくなってきていたり、そういうのが背景にあったりするのかもしれないですね。

 

このドラマで描かれていたのは、なにかに打ち込むことの尊さ、懸命になることの美しさ。人間は本来なにかに懸命になって生きていたいんだ!というか、魂を燃やして生きていたいんだよなぁ〜と毎話観る度に感じたし、めぐるが打ち込めるものに出会って変わっていく様に感化されっぱなしだった。

 

ドラマドラマしてないというか、ひとつの作品として楽しめました。演出や役者さんたちの演技がとにかくよかった。心の機微が丁寧に描かれていた。


視聴率的に振るわなかったのかもしれないけど、間違いなく心が震える作品でした。過去5年みたドラマの中では最上位レベルで好きな作品。

 

いまはhuluでしか観れないのかな?調べてないけど、いつかいろんな配信サイトで配信されることがあったら、ぜひ観て欲しいなと思います。魂が浄化される。

2025.09.20

長野に行った。行った目的は、自分が長野に住んでいた頃に出会った友人からとある本をもらうため。以下、友人をSと記載する。


Sと会って本をもらって飯を食う流れのはずであったが、会う1週間前にリマインドのLINEを送ったところ「俺の畑でさつまいも掘って行かん?」と言われたので、畑作業も目的のひとつ。


Sとは長い付き合いで、長野にいた頃にあるイベントで出会った。5年前まで自分は長野市に住んでいた。コロナ前までは、至るところでイベントが企画されていた。ここでいうイベントとは、大型で多数の集客を見込むものを指さない。何者でもない個人が、やりたいことを企画し、趣旨に賛同する者が集まる。3人集まれば御の字で、多めでも10人くらい。実名制のSNSでイベントページを作成して告知することがほとんどだった。Sと出会ったのは、決まったテーマに沿って話す対話形式のイベント。彼は彼で独自に「愚痴聞き屋」という活動をしていたし、自分は自分で様々なイベントを企画していた。この文章が載っているブログとは別にポートフォリオを公開しているが、あまりにも個人情報を載せすぎたため、匿名性のSNSからアクセスできるこのブログで紹介するのはやめておく。「ホラー映画を観ながら闇鍋をする」、「官能小説用語辞典を図書館で音読する」「転職と天職について語る」「ドリップコーヒーを淹れて知らん人に渡す」「オススメの漫画を紹介しあう」などなど、多岐に渡るイベントが連日のようにどこかで行われていて、自分は頻繁に参加していた。年代も性別もバックボーンも性格も違う様々な人と関わりを持てた。Sはその内のひとりだ。


自由に好きなことをやり、それに誰も口を挟まないというか、個々に好きなようにやらせる。そんな風潮が長野には当時あって、とても居心地が良かった。


話を現在に戻す。


芋はそこそことれた。自宅に帰ったら天ぷらにでもしようと思う。

 

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Sと今日はいろんなことを話した。


バウンダリー帰属意識

・やりたいことをやる人が生まれる風土

・ど下ネタ(書けない)

・祭や文化を後世に残すことについて

・お互いの近況

・老化(勃起力の減少や白髪について)

・ライフステージの変化や考え方の変化による交友関係の減少


ここまで自由になんでも話せる人は、地元では結構限られてくる。逆に、なんでも話せる人は、長野に多い。長野にいた頃、自分の周りには、お互いに相手を脅かさない、というスタンスで過ごせる人が多かった。そのため、相手を信用できたし、考えていることを安心して話し合えた。


また話が現在から遠ざかることになるが、自分のことを書く。自分は7年くらいの間、イベントの企画をしていた。地元に帰ってからも、団体に所属する形で続けていた。ある日の日記には「場づくりは形を変えても何らか形で一生続けていくと思う」と書いたが、イベントを企画することは、やめてしまった。表に立つことに付随して面倒なことが増えてしまって、精神的に限界がきたからだ。活動を続ける中で「一緒に何かやりましょう」と言われることが増えた。それ自体に問題はないが、断って嫌な顔をされることもあり、非常に残念な気持ちになった。無料の労働力、単なる都合のいいやつ、特定の役割を持った人、として見られたり、そういうことが続いてしまった。長野にいた頃のような自由な風土が、地元には根付いてはいなかったのだ。


この話はバウンダリーと関わってくる。バウンダリーという言葉には馴染みがない人が多いのではないかと思う。Sも知らなかった(が、その概念は持ち合わせていた)。バウンダリーとは、自己と他者の間に存在する境界線のことだ。端的に言うと、自分は自分、他人は他人、という考え方のこと。境界を踏み越えすぎるとトラブルに繋がることもある。


地元に戻った後に団体に所属した際、団体のメンバーには、既に他のいろんな場所で活動している方がいた。現在は、とある党(2025年の参議院選挙で躍進を遂げた党)に所属する市議会議員だ。彼が経営する店舗のホームページには◯ム◯ェイのサプリメントが映り込んでいたりもする。他人を意のままにコントロールしようとする節があり、彼がやるイベントの手伝いを断ると、嫌な顔をされた。Sのようにいろんな話をしたいと思える相手ではなかった。


他人をコントロールしようとする人であるかどうかは、目を見ればわかるし、言葉のニュアンスやトーンにも出てくる。そして他人をコントロールできると思っている人は、バウンダリー意識が欠如している。バウンダリーについて語られている書籍では「バウンダリーオーバー」「バウンダリーバスター」などと呼ばれている。ようは、相手のことを、自己の一部と捉えているのだ。友達、仲間、家族、パートナー、地域の一員、会社の一員、である以前に1番大きな括りとして「他人」が存在していて、その中でカテゴライズがあるという意識が、可処分時間の使い方が限られる社会人の人付き合いにおいては必要であるように思う。


自分が所属していた団体は所謂まちづくり的なことをやる団体だったが、自分は世間一般認識上のまちづくりがしたかったわけではないし、バウンダリーバスターの手足になりたいわけでもなかった。長野にいた頃のような自由な風土が地元にもできればいいなと思っていた。いろんな人と出会って、いろんなことを学んで、そうやって過ごせた長野の生活は充実したものであったと感じられるし、自分より若い世代にとってそう感じられるような場が地元にあったらいいなと思っていた。


結果として自分は7年続けたイベントの企画をやめてしまったわけではあるが、今は主に参加する側でいろんな場所で過ごしている。


Sと話していて面白いなと思ったことがある。Sが言うには、東北の地震で復興できたのは地域力があったからだという。東北は街の人々の繋がりが強く、祭や伝統が根強く残っているそうだ。祭にハマって日本各地に足を運ぶSの話には説得力があった。祭はバウンダリーを意識した人付き合いでは成立し得ないと思っていて、地域に住む人々の中に自己が存在しているという意識、地域の一員としての共同体感覚が必要であると思う。地域を自分ごととして捉える人が多くいたため、東方は復興した。バウンダリーとは真逆だなというところが個人的には面白く感じた。


Sと丸一日話して、人の間に信用が生まれるパタンは2種類あるなと考えた。


1つめ。

バウンダリーを意識し個を尊重し、相手を脅かさないという意識をお互いに持つ。人を縛らない。


2つめ。

家族や地域、会社の一員としての共同体感覚を有し、その共同体の中で達成すべきビジョンに向かって期待に沿う行動をとる。人を縛ることもある。


自分とSとの間には、1による信用が生まれていたため、なんでも話す仲になった。


帰り際にSから本をもらった。Sが学生時代に住んでいた寮が閉寮となり、Sが発起人となり制作した寮の記念誌だ。

 

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自分も学生時代に寮に住んでいたからわかるが、寮は共同生活の場であり、自分勝手に過ごすことはできない。先の話だと2の信用が生まれていないと生活はできない。


地域において小規模なイベントが生まれ続ける土壌の形成や、なんでも話し合える友達付き合いのためには、1の信用が必要ではないか。

 

そのように自分は考えた。


Sと解散後、Sは写真中心のSNSの24時間で消える投稿で、芋掘りをやらないかという告知をしていた。Sがつくろうとしているのは、1による共同体だろうか、2による共同体だろうか、そのミックスか。


いろいろ書いたが、自分もどちらがいいかの正解はわからない。場面によって必要な要素は異なるし、正解なんてないと思う。後になにかを残す世代に入りつつある中で、自分はどのような人間でありたいか。これからもマイペースに考えていきたいと思う。